香港の二の舞?日本の不動産がたどる危うい道

東京・大阪など大都市の価格上昇と手が届きにくくなる住宅

東京や大阪では、ここ数年でマンション価格が急騰している。その背景には、日本国内の低金利や円安だけでなく、中国本土からの不動産購入ラッシュがある。裕福な中国人たちが、投資先やセカンドハウスを求めて日本の都市部に殺到しているのだ。この現象は、一見すると経済の活性化に見えるかもしれないが、住宅価格の高騰や空き家の増加、そして地域のつながりの喪失など、社会にじわじわと影響を広げている。こうした状況は、かつての香港にもよく似ている。2000年代後半から2010年代前半にかけて、香港でも中国本土の資金流入によって不動産価格が爆発的に上がり、多くの若者や市民が家を持つ希望を失った。今の日本は、同じ道をたどろうとしているのかもしれない。

2025年1月時点で、東京23区内の新築マンションの平均価格は、1平米あたり約111万6千円(約7400ドル)になっていた。これは2024年と比べて3.3%ほど下がったけど、2023年に一気に23.5%も上がった直後の話。中古マンションの価格も2022年〜2025年の間に毎年7〜8%上がって、2025年初頭には1平米あたり約81万9千円まで来ている。

大阪でも似たような傾向が見られ、2025年1月の新築マンション価格は平均で1平米あたり約87万5千円(約5800ドル)。2024年に14.8%上がったあと、2025年は5.3%下がっている。中古の大阪マンションは約47万7千円まで上がり、前年比で約9%増。

当然ながら、住宅の「買いやすさ」は悪化している。例えば東京では、新築マンションの価格は今や一般家庭の年収の17〜18年分に相当する(価格対収入比17.78)。新築1戸の平均価格は1億500万円ほど。一方で、大阪の価格対収入比は7〜8倍程度とまだマシ。

全国平均でも、新築マンションは年収の10倍以上になっていて、給料の伸びと比べて明らかに不釣り合い。都市土地研究機構のデータでは、東京のマンション価格はここ数年で約40%も上昇していて、主な要因の一つが中国本土の購入者による投資だとされている。東京の物件は中国の大都市よりも安く見えるため、中国人投資家にとっては「お得」に感じられる。結果として、東京は中国人が不動産を買い求める人気都市の一つになっている。

中国人購入者の存在感と投資額の増加

2023年以降、特に中国人による日本の不動産購入が急増している。都心部(千代田区・港区・渋谷区)の大手不動産会社25社を対象にした調査では、2024年の新築マンション購入者のうち20〜40%が外国人だったという。なかには半数以上の物件を海外の購入者(主に裕福な中国人)に売っているという報告もある。

実際、東京の一部地域では、中国出身の住民が外国人全体の半分以上を占めている。特に高層マンションや教育環境の良いエリアに集中している。

商業用物件への外国人投資も活発で、特に2024年の第4四半期には、前年の3倍以上の外国人投資が入った。不動産全体の投資額は2024年に4兆6600億円と、過去10年で最大だった。こうした資金の多くは、中国の住宅不況を背景に「安全な資産」を求める中国本土の個人・企業から流れてきたものだと見られている。

住宅投資も東京だけでなく、大阪や北海道・ニセコなど観光地でも活発だ。特に東京では、不動産会社が「一度に複数戸を購入する中国人客が多い」と話していて、円安と外国人の不動産購入規制の緩さが後押ししている。

こうした外国人購入者の存在によって、2024年の東京都内の中古住宅取引件数は前年より3〜7%増えており、その一因として外国人の需要があるとされている。

空き部屋問題と民泊利用の増加

外国人が購入した物件が実際に使われずに「空き家」になるケースも増えてきている。投資目的やセカンドハウスとして購入し、長期間住まないというパターンだ。こうした「ゴーストマンション」は地域の住環境を悪化させると懸念されている。

たとえば東京湾岸の大型再開発地区「晴海フラッグ」では、とある棟の40%以上の部屋が企業名義で購入されており、夜は照明がほとんど点かないという。神戸市でもタワーマンションの高層階(30階〜)で空室率が2割〜3割に達している。

こうした状況に対し、2025年には神戸市長が「空き部屋税」の導入を提案。居住せず貸し出しもしない所有者に対して課税し、投機的な保有を防ごうとしている。

また、外国人投資家が所有する物件を「民泊」として短期貸しするケースも増えている。2010年代半ばにはAirbnbが急成長し、特に大阪・東京で海外オーナーが観光客向けに運営する例が多く見られた。

その結果、周囲の住民やホテル業界から「住居用マンションがホテル化している」との苦情が相次ぎ、2018年には年間180日までの営業制限や登録制度が導入された。

それでも一部の物件では、短期滞在者しか入らない状態が続き、地域とのつながりが失われている。日本ホテル協会も「民泊の厳格な規制が必要」と訴えており、政府も空き家税や賃貸ルールの強化で対策を進めようとしている。

歴史的な教訓:香港の不動産バブル(2003〜2012年)

2003年から2012年にかけての香港の住宅市場は、日本にとって警鐘となるような事例だ。この期間、中国本土からの買い手が急増し、前例のない価格高騰と重なった。2003年中頃(SARS終息後)、香港の住宅価格は底を打ち、1997年のピーク時からおよそ65%も下落していた。しかしその後の9年間で、住宅価格は急激に上昇した。2012年第2四半期には、住宅価格指数が1997年の過去最高値を24%上回り、2003年の底値と比べておよそ3倍に達した。2008年から2013年の間だけでも、住宅価格は約134%(実質ベースで96%)上昇している。香港はこの時期、世界で最も熱狂的な不動産市場の一つとなった。

この急騰の大きな要因は、中国の経済成長で潤った本土の富裕層による買い需要だった。特に2008年以降、中国本土の投資家が、資産退避のために香港の不動産へ多額の資金を流し込んだ。2010〜2011年にはその影響が明確に数字に表れている。香港土地登記処と中原地産のデータによると、2010年には本土の買い手が全体の取引金額の約10.8%を占めていたが、2011年には19.2%に増加した。新築住宅(一次市場)に限れば、2011年には本土の買い手が売上金額のほぼ40%を占めていた。この傾向は特に高級住宅市場で顕著で、ピーク時には販売された住戸の25〜40%が中国本土の買い手に渡っていたと言われている。こうした外部からの需要が、すでに逼迫していた供給にさらなる圧力をかけ、価格の高騰に拍車をかけた。

こうした動きに警戒した香港政府は、2012年末、非永住外国人による購入に対して15%の印紙税を追加で課す制度を導入した。

このように、本土資本の流入は、香港の住宅価格のインフレと時期を同じくしており、価格高騰の一因となった。参考までに、香港の住宅価格と所得の比率(住宅価格÷年収)は、2003年時点で約6倍だったが、2012年にはほぼ20倍にまで跳ね上がっている(基準面積55㎡の物件で計算)。これは、1997年のバブル時ピーク(約16.9倍)をも上回り、世界で最も住宅が手に入りにくい都市となったことを意味する。

実際、2012年時点での平均的なマンション価格は約450万〜500万香港ドル(約600スクエアフィートの部屋)、一方で当時の中央値世帯月収は約2万香港ドル(年間24万香港ドル)しかなく、地元の中間層にとってマイホーム取得は完全に手の届かないものとなっていた。

社会への影響と格差の拡大

住宅価格の急騰は若者や中小企業に大きな影響を与えた。多くの若者は家を買えず、資産格差が急速に広がった。2001年には所得の32%が資産所得(不動産など)だったのに対し、2019年には53%に達していた。

住宅価格の上昇と並行して、オフィスや店舗などの商業スペースも急騰した。特に2010年には、香港のオフィス賃料は前年比33%も上昇し、アジア太平洋地域で最も速いペースで高騰した。

2010年代初頭には、香港は「世界で最も店舗賃料が高い都市」となり、中でも銅鑼湾(Causeway Bay)などの一等地では、年間1平方フィートあたり3,800米ドルを超える水準に達した。このような賃料水準は、地元の小規模店舗や個人経営のカフェ、書店などには到底支払えるものではなく、多くが撤退を余儀なくされた。

その結果、街の風景は一変した。かつて地元の文化や人のつながりを生み出していた小さな店が姿を消し、代わりに外資系ブランドや中国本土の富裕層向けの高級店ばかりが並ぶようになった。これは「グッチ化現象(Gucci-fication)」と揶揄され、街の多様性と創造性が失われていく象徴となった。

若い起業家やアーティストたちが活動できるスペースがなくなり、創造的なビジネスや表現の場も減少した。これにより、香港は単なる金融・商業都市としての顔ばかりが強調され、文化や社会の厚みが削がれていった。

このような「空間の私有化」と「格差の拡大」が、後に社会的不満となって噴き出し、2014年の雨傘運動、2019年の大規模デモなどの土壌を作ったとも言われている。

日本が取るべき政策とは

香港で起きたことを他人事だと思ってはいけない。日本でもすでに、東京や大阪、さらには観光地や地方都市の一部で、外国人投資家による不動産の買い占めが進行している。特に中国本土からの富裕層が、円安や中国国内の経済不安を背景に、日本の不動産を「逃避資産」として大量に購入している現状は、かつての香港の状況と重なる。

だからこそ、日本は今のうちに、将来の社会的なひずみを防ぐための制度を整える必要がある。

1. 外国人購入に対する追加課税の導入

カナダやニュージーランド、シンガポールではすでに、外国人が不動産を購入する際に追加の税金(例:シンガポールでは最大60%)を課している。こうした制度は、地元住民の住宅取得を守り、不動産を単なる投機対象とする買い手を抑制するために導入された。日本も、外国人による購入に一定の規制を加えるべき時期に来ている。

2. 空室税・居住義務の明文化

神戸市が検討しているように、長期間空き家のまま放置された物件には、空室税を課す制度が有効だ。また、購入後に一定期間内の居住を義務づける「居住要件付き購入制度」も検討すべきだ。投資目的だけで購入し、地域に何の貢献もない「ゴースト物件」が都市に増えれば、住民の不安や地域の空洞化につながる。

3. 購入可能エリアや物件の制限

地域によっては、外国人の購入が集中しすぎている地域(港区、渋谷区、京都市中心部など)に対して、一定の購入制限や認可制を設けることも必要だ。とくに学校区や医療圏など、地元住民の生活に直結する地域では、バランスを考えた制度設計が求められる。

4. 法人名義での不動産購入に対する透明化

多くの物件が「法人名義」で購入され、実質的な所有者が見えにくくなっている問題もある。これは租税回避や実態不明な資産保有につながる。法人による不動産所有については、最終受益者(UBO=実質的所有者)の公開制度を強化し、不透明な資産流入を防ぐ必要がある。

重要なのは、これらの政策を「外国人排除」のために行うのではなく、「地域住民の暮らしと都市の持続性を守るため」に導入することだ。外国資本や外国人居住者と共存するためにも、健全で公平なルールが必要だ。誰がどこで何の目的で不動産を買っているのか。それが地域にどのような影響を与えているのか。そうした視点をもとに、冷静で実効性ある対策を講じていくべきだ。