ジミー・ライと香港:報道・信仰・自由をめぐる歩み

ジミー・ライとは誰か:起業家から民主派支援者へ

1995年のアップルデイリー初のテレビ広告

ジミー・ライ(黎智英)は1948年に中国・広州で生まれ、14歳の時に単身で香港へ渡った。英語も広東語も不自由な少年時代を過ごしながらも、工場での働き口を得て、やがて自らの努力と才覚によって衣料産業に進出する。1981年にはカジュアル衣料ブランド「ジョルダーノ(Giordano)」を創業し、アジア全域に広がる国際的企業へと成長させた。

しかし、彼の人生を大きく方向転換させたのは1989年の天安門事件である。民主化を求める学生や市民が武力で弾圧される光景を目の当たりにしたライは、ビジネスの成功だけでは社会に貢献できないと痛感した。自由や人権を守るためには、言論の力が不可欠であると考えた彼はメディア業界に参入し、1995年に民主派メディア「蘋果日報(アップルデイリー)」を創刊した。

アップルデイリーは、香港において政府批判や中国共産党の不正を報じる数少ない独立メディアとして、市民に圧倒的な支持を得た。ライが掲げたのは、「法の支配」「民主主義」「言論の自由」「集会の自由」といった基本的価値であり、彼のメディア活動は常にこれらを推進するためにあった。

アップルデイリーの興隆と崩壊

「アップルデイリー」は創刊から間もなくして香港を代表する日刊紙へと成長し、中国政府や香港政府に対して批判的な論調で知られるようになった。市民の視点に立った鋭い報道と、自由を守るという明確な姿勢は、多くの読者から強い支持を得た。

2019年、香港で大規模な民主化デモが勃発すると、アップルデイリーは最前線で抗議活動を伝え続けた。紙面のみならずオンラインでも市民の声を拾い上げ、警察の弾圧や政府の対応を記録し、世界に発信した。創業者のジミー・ライ自身も街頭に立ち、抗議者たちと共に声を上げた姿は、香港社会に大きな勇気を与えた。

2020年8月10日 数百名香港警察がアップルデイリー本社に突入し捜索

しかし、中国共産党と香港政府による弾圧は容赦なかった。2020年以降、国家安全維持法が施行されると、アップルデイリーは「国家安全を脅かす」との名目で徹底的に標的にされた。2020年にはライ本人が相次いで逮捕され、2021年には会社の資産が凍結され、新聞の発行を継続することが不可能となった。同年6月、アップルデイリーは惜しまれつつも廃刊に追い込まれたのである。

国家安全維持法の下での法廷闘争

ジミー・ライ、香港国家安全維持法違反(外国勢力との結託容疑)で起訴され、2020年12月12日に出廷

ジミー・ライに対する最大の攻撃は、2020年に施行された香港国家安全維持法によって始まった。彼は「外国勢力と共謀して国家安全を危険にさらした」という最も重い罪に加え、詐欺や無許可集会への参加など、複数の罪状で起訴された。いずれも香港における言論活動や市民運動の延長に過ぎない行為であったが、当局はこれを国家の脅威と見なした。

2023年12月、国家安全維持法に基づく裁判が正式に開始され、ライはすべての罪状に対し無罪を主張した。しかし、この裁判は数々の手続き上の制約に満ちている。彼は保釈を認められず、通常の重大事件に適用される陪審員裁判の権利も剥奪された。さらに、彼が希望した外国人弁護士の起用も認められなかった。これらの措置は、裁判の公正性そのものに深刻な疑問を投げかけている。

起訴事実が有罪とされた場合、ライは終身刑に処される可能性がある。裁判の過程で彼は証言し、自身が香港独立を主張したことは一度もなく、またアメリカのペンス前副大統領や日本の菅野志桜里議員ら外国の政治家に具体的な行動を求めた事実もないと明確に否定した。

信仰が支える闘志:カトリック改宗と民主化運動

ジミー・ライがカトリックに改宗したのは1997年、香港が中国に返還される直前のことである。長年、カトリック信者である妻テレサと共に教会に通っていたが、政治的将来への不安に包まれる香港の空気が、彼を本格的な信仰の道へと導いた。「暗闇を破る一筋の光」として見出したカトリック信仰は、彼にとって家庭や友人との絆を深めると同時に、人生の意味を再定義するものでもあった。洗礼は香港のカトリック界を代表する陳日君枢機卿によって執り行われ、アメリカ人ジャーナリストで友人のウィリアム・マクガーンが代父を務めた。この改宗は、単なる宗教的選択ではなく、時代の不安に対する一つの精神的応答であった。

ジミー・ライがスタンレー刑務所で描いた聖母マリアの肖像画。バージニア州アレクサンドリアのセントメアリー大聖堂付属学校校長ロバート・ロイア氏へ、生徒からの絵葉書への感謝として贈られた。

その後の民主化運動において、信仰はライの活動と生き方を決定づけるものとなった。彼は国家安全維持法によって逮捕され、独房での長期勾留や過酷な条件に置かれているが、信仰は彼に揺るぎない平安と使命感を与えている。亡命の選択肢を拒み、「去れば運命も神も信仰も、そして自分の信じるものすべてを捨てることになる」と語った彼の言葉は、個人の安全を超えた信仰に基づく決断の象徴である。彼にとって自由と民主主義のための闘いは、政治的な選択であると同時に、宗教的信念から生じる避けがたい使命であった。

「⁠去れば運命も神も信仰も、そして自分の信じるものすべてを捨てることになる⁠」
— ジミー・ライ

ジミー・ライのキリスト教的信念は、単なる政治的価値観を超え、良心の自由と超越的な価値観に根ざしている。そのため、香港当局にとって彼は「政治活動家以上の存在」として脅威と映る。獄中においても彼は宗教的な絵画を描き続け、信仰による創造性と精神力を失うことはなかった。その姿は、香港で迫害されるキリスト教徒、そして世界各地で良心の自由を求める人々にとって強い象徴となっている。彼の物語は、信仰が政治を超えて人間の尊厳を支える力となり得ることを示す、生きた証しである。

国際社会の反応と釈放要求

ジミー・ライが獄中で描いた十字架像。2024年2月22日、ワシントンD.C.のカトリック大学で代父ウィリアム・マクガーン氏一家により公開。

ジミー・ライの拘束と裁判は、香港内部にとどまらず国際社会からも強い非難を浴びている。多くの国や人権団体は、この裁判を「言論の自由の侵害」であり、「民主主義への攻撃」であると位置づけ、即時釈放を求める声を上げた。

特にアメリカとイギリスの政府は、ライの事案を注視してきた。アメリカではトランプ政権下で、ドナルド・トランプ前大統領が「ライを救うために可能なことは何でもする」と発言し、場合によっては米中間の貿易協議にこの問題を取り上げる意向さえ示した。また、イギリス政府も香港の自由を踏みにじる動きに対して継続的に抗議し、釈放を要求している。

さらに、イギリスや日本を含む各国の国会議員による超党派組織「対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)」も積極的に動いた。日本からは中谷元防衛大臣らが参加し、裁判の公正性に深刻な疑念があるとして、証人喚問を求めるなど具体的な行動をとった。こうした国際的な議会レベルでの関与は、ライの裁判が単なる香港内部の問題ではなく、民主主義の普遍的価値をめぐる国際課題として捉えられていることを示している。

加えて、ライの香港民主化運動への献身は海外でも高く評価されている。アメリカのブラッドリー財団は彼に名誉賞を授与し、信念を貫く姿勢と香港の自由への貢献を讃えた。

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