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資料法廷

黄之鋒 陳情書(量刑前・獄中より)

請求記号
DC-2026-05
日付
2026年11月6日
分量
2,961字

編集部より:2026年11月5日、香港高等法院は、香港国家安全維持法の「外国または域外勢力との結託による国家安全危害の共謀」罪を認めた黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏に、禁錮10年を言い渡しました。黄氏は2020年11月から6年近く収監されており、本来は2027年1月に釈放される見込みでした。

以下は、黄氏が9月初めに赤柱(スタンレー)刑務所で自ら書き、量刑に先立って法廷に提出した陳情書(求情信)の全訳です。原文は英語で、香港の独立メディア『獨立媒體(inmediahk.net)』が判決当日に報じました。翻訳はレイディー・リバティー香港によるものです。

黄氏は陳情書のなかで、罪を認め、自らの発言と投稿に全責任を負うと述べています。これは量刑手続きの中で、厳しい刑罰を前に書かれた文書です。それでもその言葉からは、香港の人々への思い、獄中で学び続けてきた日々、そして家族への感謝が伝わってきます。判決に対する当会の見解は、黄之鋒氏への量刑に関する声明をご覧ください。


陳情書 ― 黄之鋒

2020年11月23日に刑に服し始めたとき、私は24歳でした。それ以来、私は卒業式に出ることができず、家族と過ごすはずだった二千日以上を失い、同世代の人々のように自分の人生を築くこともできませんでした。6年近い拘束を経て、私は来月30歳になります。2027年1月に出所して人生をやり直したいと願っていましたが、本来の釈放日まで半年を切ったいま、本件の量刑に向き合うことになり、まるですべてが振り出しに戻ったかのように感じています。

私は罪を認めることを選び、本件について自らを弁解するつもりはありません。国家安全維持法の施行後、制裁を直接呼びかけることが違法となったと理解し、私はただちにそうした発言や行為をやめました。しかし、国安法があまりにも突然に施行されたため、事態の切迫さに私は戸惑いました。混乱のなかで自分の言動を改めようとしましたが、私の法的な判断は十分に熟慮されたものでも、十分に冷静なものでもなく、許される行為の境界のひとつひとつで、適切な選択をすることができませんでした。

当時の私は、他人の投稿を再投稿することや、外国企業に対し、その企業自身の商業的判断に基づいて香港警察への供給を停止するよう呼びかけることは、制裁を直接呼びかけることとは異なると考えていました。法の範囲内にとどまっていると思い込んでいたのです。私は間違っていました。その判断が誤りであったことに、後になってようやく気づきました。当時の政治環境は、もちろん言い訳にはなりません。しかし、ひとつのことは説明しています。危険に気を配っていても、激しい変化のなかでは、なお誤った道を進んでしまうことがあるのです。

私は、自分が行ったすべての発言と、公開したすべての投稿を認め、それらに対する全責任を負う覚悟です。また、この件を理由に、誰かが司法や政府に対して恨みや憎しみを抱くことも望みません。私は、自分がしたこと、あるいはしなかったことから生じるすべての結果を、責任を逃れることなく、そのまま受け入れます。

だからこそ、あらためて申し上げたいのです。私の政治参加は、決して憎しみから生まれたものではありません。私は中国政府にも香港政府にも恨みを抱いていません。香港独立を主張したことも、「中国崩壊」や体制転換を唱えたこともありません。外国から資金を受け取ったことも、お金を払って外国の政治コンサルタントを雇ったこともありません。私は、香港は寛容で多元的な社会であり、多様な声を受け入れながら、互いへの敬意を育むことのできる社会だと信じています。

当局が私を起訴した日、ある国家安全担当の警察官は、私たちは「敵」どうしだと言い、私のせいで多くの友人を失ったと嘆きました。私はこう答えました。「あなたは私の敵ではありません。私たちは皆、香港人です。私たちの間に対立はありません。」多様で寛容な社会である香港において、公務員が職務を果たしたというだけで、追放されたり孤立させられたりすることがあってはならないと、私は固く信じています。

学びのなかで決意を鍛える

梁啓超が『三十自述』に記したように、戒めることによってこそ人は進むことができ、自らを省みることによってこそ明らかになるものがあります。この6年間、私は独学で懸命に学び続けてきました。香港都会大学で法律の課程に入学し、論理的に考える力を保つために幅広く本を読みました。これまでにおよそ500冊を読み終え、懲教署(矯正当局)の「Project PATH」に自ら参加し、政治理論を学ぶために隔週刊誌『求是』の購読も申請しました。

人工知能(AI)の発展についても学んでいます。私が収監されている間に、AIは息をのむような速さで進歩しました。科学技術が人類に与える最も深い影響は、誰が先に技術的な優位を得るかではなく、私たちがその力を人間中心のやり方で生かし、医療や環境、強制的な移住といった地球規模の課題に向き合えるかどうかにあるのかもしれない。私は次第に、そう理解するようになりました。いつか刑期を終えたとき、自分自身でエージェント型のAIに指示を出す機会を得て、技術と倫理が交わるところから、建設的な精神で社会に貢献することを始められればと願っています。

私は法廷にお約束します。私の将来は、24歳になる前に私の身に起きた出来事によって決められることはありません。囚人服を着て過ごした年月のなかで、私はより責任感があり、信念を持ち、思いやりのある人間になることに力を注いできました。規律ある学びを通じて知識を広げ、人生で最もつらい時期を通じて強さを培い、世界を歩んでいくために必要な知識と健康、そして人工知能には代わることのできない資質を育んできました。

家族に報いる

私はいつか、この日々を穏やかに振り返り、それを私を縛りつけた枷ではなく、私を強くしてくれた試練として見ることができればと願っています。それでも、将来へのどんな望みも、刑期を終えたあとに年老いた両親の世話をしたいという、心からの願いほど大切なものはありません。その日が来てはじめて、私は、成長の過程でいつも愛とぬくもりと幸せで私を包んでくれた家族に報いることを始められます。その日が来てはじめて、家族がこの年月の間に耐えてきたすべてを償うことができます。両親はいつも忍耐と理解と思いやりをもって私に接し、幼いころから、言葉と、自ら示す姿を通じて、無条件の愛の本当の意味を教えてくれました。世界でいちばんの両親に恵まれたことは、主から与えられた恵みであり、私の人生で最大の幸いです。

獄中で過ごしたこの6年間は、私の人生で最も深い学びの時でした。「私は、どのような境遇にあっても満ち足りることを学びました。私は、あらゆる場合に、あらゆることにおいて、満ち足りることにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも対処する秘訣を学んだのです。私を強くしてくださるキリストによって、私はどんなことでもできるのです。」(ピリピ人への手紙 4章11–13節)自らを改める機会を祈りながら、私は信仰と希望のうちに学び、成長することをやめません。

黄之鋒
赤柱(スタンレー)刑務所にて