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香港を知る

教室の外で声を上げる――学民思潮の出発点

請求記号
EX-2026-11
日付
2026年11月1日
分量
3,371字

本連載は全5回で、香港の学生組織・学民思潮の歩みをたどる。第1回は国民教育反対運動、第2回は雨傘運動、第3回は活動停止と組織の再編、第4回は元メンバーの2019年の抗議への参加と香港国安法を扱う。第5回の終章では、黄之鋒と周庭の収監や離港後の生活と、学生の自主的な政治参加の自由が狭められてきた過程をたどる。香港の学生運動全体を網羅するのではなく、一つの組織を通じて、若者が政治に参加する場の変化を考えたい。

国民教育への不安がつないだ生徒たち

 2012年の香港では、中高生が街頭に立ち、教育政策への反対を呼びかけていた。チラシを配り、通行人に説明し、政府本部前で抗議を続ける。その中心にいた団体の一つが、前年に黄之鋒(ジョシュア・ウォン)や林朗彦(アイヴァン・ラム)らが結成した学民思潮(スカラーリズム)である。学校の学生会を束ねる団体ではなく、学校を越えて生徒が参加する組織だった。その背景には、国民教育の導入をめぐる対立と、生徒、保護者、教員の間に広がった懸念があった。[1]

 学民思潮が反対したのは、香港政府が導入を進めていた「徳育及び国民教育」だった。香港は英国の統治を経て1997年に中国へ返還された。「一国二制度」の下、外交と防衛は中央政府が担う一方、香港は独自の法制度や教育制度を維持してきた。香港政府は、小学校では2012年度、中学・高校段階では2013年度から、各3年間の準備・移行期間を設けて新科目を導入し、中国人としての帰属意識を育む計画を進めていた。しかし、反対する人々は、愛国心や政治体制への肯定的な評価が求められ、生徒が異なる意見を持ちにくくなるのではないかと、授業の内容や評価方法を懸念した。[2][3][4]

 論争を拡大させたのが、2012年に国民教育服務中心が刊行した『中国模式国情専題教学手冊』である。中国の統治体制を肯定的に描く一方、米国の民主政治は政党間対立を引き起こすと否定的に紹介する内容に、偏りがあるとの批判が集まった。[5]

 この冊子は、全校で使用を義務づけられた教科書ではない。政府も自ら編集したものではないと説明し、教材や教え方は各校が決めるとした。しかし、反対する側は、国民教育の名で特定の政治観が授業に入り込むことを懸念した。争点となったのは、中国について何を、どのように教え、生徒自身の異なる判断をどこまで認めるかという教育のあり方だった。

授業と試験の合間に

 2012年夏、学民思潮は各地の街頭にブースを設け、通行人にチラシを配り、国民教育に反対する署名を集めていた。8月には、複数の地区でこうした活動を展開した。元メンバーの鍾礼謙は後年の取材で、仲間と買い物用のカートや拡声器を持って街頭に出たと振り返っている。生徒たちは、学校の外で面識のない大人に政策の問題点を伝え、賛同を求めていた。[6][7]

 組織を支えたのは、街頭で発言する人だけではなかった。Nico Tangによる2012年の取材記事には、黄之鋒が政策への関心を呼びかける一方、創設に関わった林朗彦が企画を考え、別のメンバーが映像や宣伝物を制作する姿が記されている。街頭で説明する人、企画を立てる人、映像を作る人が、学校を越えて一つの活動に加わっていた。

 同年には、15歳の周庭(アグネス・チョウ)も加わった。当時の取材では、学校での学びを通じて教育政策に関心を持った経緯や、活動に対する家族の心配が紹介されている。学校で知った社会の問題について、今度は学校の外で行動する。しかし、授業や試験は続き、家族の理解も必要になる。学業と街頭活動を両立できるかという問題は、周を含む若い参加者にとって身近なものだった。

 黄之鋒は2012年6月の『東方日報』の取材で、学民思潮が自分一人の組織だと思われたくないと説明した。自分が目立つのは、主にメディアや外部との連絡を担当しているためだという。記者は、彼が他のメンバーにも取材の機会を回そうとしていたと記している。初期から黄之鋒の名前は広まっていたが、本人は取材の場でも、他のメンバーの仕事を伝えようとしていた。[8]

生徒の呼びかけが社会を動かす

 2012年夏、運動には保護者や教員、市民団体も参加した。教育を受ける生徒と、その教育を心配する親は、異なる立場から同じ政策に反対した。学生の要求が家庭の関心と結びついたことで、学民思潮の呼びかけは、中高生だけの問題にとどまらなくなった。[9]

 その広がりを支えたのが、学校を越えて人をつなぐ仕組みだった。コミュニケーション研究者の陳韜文と李立峰は2012年9月の『伝媒透視』で、学民思潮の組織づくりにソーシャルメディアと人づての連絡が果たした役割を指摘した。ネット上の呼びかけが転送され、新聞や放送の報道も共有される。両氏は、こうした媒体と人づての連絡の結びつきが、運動を支える基盤になったと論じた。また、複数の学校では、生徒、卒業生、保護者による国民教育の関心グループも生まれたと記している。学民思潮は、学校の代表制度を土台とせず、こうした経路を通じて参加者や支持者を集めていった。夏の終わりには政府本部前で抗議が続き、学生によるハンガーストライキも行われた。[10]

 政府は9月、学校に一定期間内の科目導入を求める方針を撤回した。10月には関連するカリキュラム指針を棚上げした。国民教育という考え方そのものが香港から消えたわけではないが、目前にあった導入計画を後退させたことは、反対運動にとって大きな成果だった。生徒が政策の対象であるだけでなく、政策の行方に影響しうることが示された。[11][12]

教育を変えるために政治を問う

 導入計画を後退させた経験の後、学民思潮は、教育政策を決める政府に生徒を含む市民の意思をどう届けるかという、より広い課題に関わるようになった。

 2014年には、香港の大学などの学生会でつくる香港専上学生連会(学聯)とともに、行政長官の普通選挙に向けた改革案を打ち出した。市民が候補者の推薦に関われる「公民提名」を盛り込んだ案で、選挙制度への市民の意向を問う民間投票にも参加した。国民教育への反対で集まった団体が、今度は政府の長を選ぶ仕組みに、市民の意思を反映させようとしたのである。[13][14]

 国民教育では、授業を受ける当事者として、保護者や教員と要求を共有できた。今度は選挙制度について案をまとめ、大学生の団体と協力する。学校生活を出発点に集まった組織が、香港全体の政治をめぐる議論に加わり始めたのである。

 ただし、科目の導入を止めることと、行政長官の選び方を変えることでは、要求の相手も変更に必要な条件も異なる。2014年の雨傘運動は、国民教育反対運動で得た経験を、より大きな政治課題の中で試す場になった。

引用文献

[1] Nico Tang「SCHOLARISM 下一代香港人:學民思潮」『號外』2012年9月号(黄之鋒個人サイト、9月10日転載)。
https://wongchifung.wordpress.com/2012/09/10/scholarism-下一代香港人:學民思潮/

[2] 『香港特別行政区基本法』第13・14・136条。
https://www.basiclaw.gov.hk/tc/basiclaw/index.html

[3] 「梁振英:以寬鬆態度討論國教科」香港政府新聞網、2012年9月6日。
https://www.news.gov.hk/tc/categories/school_work/html/2012/09/20120906_182300.lin.shtml

[4] 「國民教育設三年開展期」香港政府新聞網、2012年4月30日。
https://www.news.gov.hk/tc/categories/school_work/html/2012/04/20120430_145553.lin.shtml

[5] 錢瑋琪・蕭輝浩・周婷「國民教育教材被轟洗腦」明報、2012年7月6日、A2。
https://www.nshk.org.hk/pdf/c_awards/2012/026.pdf

[6] 「學民思潮街站 警抄身份證」東方日報、2012年8月9日。
https://orientaldaily.on.cc/cnt/news/20120809/00176_017.html

[7] 「二次佔領公民廣場的學生自決與包袱」誌 HK FEATURE、2021年5月31日。
https://hkfeature.com/interview/二次佔領公民廣場的學生自決與包袱/

[8] 「學民『鋒』頭躉 掀社運新思潮」東方日報、2012年6月2日。
https://orientaldaily.on.cc/cnt/news/20120602/00176_062.html

[9] 「香港學生絕食進入第二天」自由亞洲電台、2012年8月31日。
https://www.rfa.org/cantonese/news/hk_education-08312012111201.html

[10] 陳韜文・李立峰「反國教運動與政治傳播的動向」『傳媒透視』2012年9月号、pp.2–3。
https://app3.rthk.hk/mediadigest/downloads/201209.pdf

[11] 「教育局落實國教科新政策」香港政府新聞網、2012年9月10日。
https://www.news.gov.hk/tc/categories/school_work/html/2012/09/20120910_153910.lin.shtml

[12] 「梁振英:擱置國教科課程指引」香港政府新聞網、2012年10月8日。
https://www.news.gov.hk/tc/categories/school_work/html/2012/10/20121008_124150.shtml

[13] 「【學民退潮 1】前言:答案,是否只有一個?」立場新聞、2016年5月6日。
https://collection.news/thestandnews/articles/32294

[14] 「香港學界宣傳公民提名特首候選人方案」美國之音、2014年4月26日。
https://www.voacantonese.com/a/it-hk-hk-political-parties-and-groups-promote-constitutional-reform-proposals/1901749.html