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香港を知る

学民思潮を続けるということ――雨傘運動後の模索

請求記号
EX-2026-13
日付
2026年11月1日
分量
4,065字

雨傘運動が収束した後も、学民思潮には民主化を求める活動と、新しく加わる学生を迎える仕事が残った。選挙への参加、学校での働きかけ、卒業後の活動を、学生を構成員とする同じ団体でどう担うか。2016年3月20日の活動停止に至るまでには、政治路線とともに、参加資格や役割の引き継ぎも議論された。[1]

抗議の先をめぐる路線の違い

 雨傘運動で選挙制度を変えられなかったことは、民主化を求める人々に運動の方法を見直すきっかけを与えた。従来の民主派政党が重視してきた議会での活動や、平和的な大規模デモを続けることで、政府の姿勢を変えられるのか。どの手段を選ぶかに加え、誰が参加者の意思を代表するのかも議論になった。街頭で注目を集めてきた学生団体にも、方針の再考が求められた。

 雨傘運動後に存在感を強めたのが「本土派」である。「本土」は香港を指す。従来の民主派には、中国の民主化と香港の民主化を結びつけ、大陸の民主化運動を支援する潮流があった。一方、本土派は香港の利益や、香港人が自ら政治の主体となることを重視した。香港の自治や政治的な地位を問い直そうとし、中には独立を主張する人もいたが、全体が同じ将来像を持っていたわけではない。対立は抗議の手段だけでなく、香港をどのような政治共同体と捉え、中国との関係をどう考えるかにも及んでいた。[2]

 学民思潮にとって、この対立は、次の行動で誰と協力できるかという問題でもあった。平和的な抗議を重視しながら、従来の方法では足りないと考える人々にどう応じるか。より急進的な運動が台頭するなか、参加者の安全をどう守るか。中高生の参加を呼びかける団体として、行動の範囲を説明する必要もあった。

 その一例が、2015年4月の周庭の発言である。TMHKの報道によれば、周は非暴力と急進性は矛盾しないと説明し、防具で身を守ることと、人を攻撃することを区別した。また、異なる政治的立場の団体との協力にも余地があると述べた。周庭が示した協力の基準は、相手が穏健派か急進派かという呼び名よりも、現場でどのような行動を取るかにあった。[3]

仲間は増えても担い手が足りない

 組織の内側にも、誰が決定に加われるのかという問題があった。『立場新聞』の連載「学民退潮」によれば、学民思潮には一時、地域行動グループ、ボランティア、正式メンバーという三段階の区分があり、意思決定を担うメンバーになるには筆記試験と面接が必要だった。2014年9月の筆記試験には、選挙制度改革の運動が終わった後、学民思潮をどう位置づけるかという設問もあった。

 ところが、その直後に占拠が始まり、筆記試験の答案は処理されないままになった。同連載によれば、現場では従来の区分が曖昧になり、占拠後には三段階の制度が廃止され、メンバーとして扱う仕組みに改められた。

 加入の仕組みを改めても、公開の場で組織を背負う役割の引き継ぎは難しかった。「学民退潮」によれば、2015年の役員改選で、黄之鋒は他に候補がいれば、団体の代表に当たる召集人を退く意向だったが、応募がなく再び立候補した。事務局に当たる秘書処の役職には複数の応募がある一方、召集人や発言人の候補は一人だけだったという。取材に応じたメンバーは、報道の注目が家族にも及ぶことや、後任が黄之鋒と比較される重圧を語った。組織内で働く人はいても、家族への影響や公の期待まで引き受ける職務には、手が挙がりにくかった。[4]

学生の場を残せるか

 黄之鋒らが新しい政治団体の準備を進めても、学民思潮を終わらせることまで、初めから決まっていたわけではない。『立場新聞』の取材では、政治団体へ移る側にも、後から来る生徒のために学民思潮を残したいという声があった。しかし、学生に限る参加資格や、組織の名での立候補を認めない規則の下では、卒業後も続く活動や選挙への参加を、そのまま引き受けることは難しかった。

 別の政治団体をつくれば、学民思潮の継承問題が解決するわけでもなかった。中心メンバーが離れた後、残る組織を誰が担うのか。後継者を見つける難しさは、学生のための場を残せるかという問題につながっていた。

 2016年3月20日、学民思潮は活動停止を発表した。記者会見では、政治的な性格が強まり学校へ入りにくくなったことや、学生への働きかけと長期的な自決運動を同じ組織で担う難しさを説明した。元メンバーは政治団体と学生組織を別々につくる方針を示し、残る寄付金は新学生組織と法律援助基金に振り分け、新政治団体には配分しないとした。[5]

学民思潮を離れ、それぞれの場所へ

 2016年4月、黄之鋒や周庭らは、学聯出身の羅冠聰らと香港衆志(デモシスト)を結成した。掲げた「民主自決」は、香港の将来を住民自身が民主的に決めるという要求だった。基本法が従来の資本主義制度と生活様式を50年間維持すると定めていることから、その節目となる2047年以降の香港のあり方も論点になった。[6][7]

 香港衆志は選挙にも参加した。立法会は法律や予算を審議する香港の議会であり、行政長官の選挙とは別の仕組みで議員を選ぶ。当時の立法会は定数70で、地域別の直接選挙による35議席と、業界・職能別の枠などによる35議席で構成されていた。2016年9月、羅冠聰は香港島の選挙区で当選した。周庭は選挙代理人として経費の処理を担い、当選後は議員スタッフとして政策研究を行った。街頭で要求を伝える活動に、法律や予算の審議に向けて資料を調べ、政策を検討する仕事が加わった。[8][9][10]

 黄之鋒は同月の『立場新聞』の取材で、この選挙を通じた反省を語った。街頭では市民も記者も自分や周庭に注目し、候補者である羅冠聰の知名度が低かったという。同記事は、黄が取材の話題を羅冠聰へ向け、香港衆志への問い合わせも羅につなぐようにしたと記す。過去の運動で知られたことが、そのまま支持を保証するわけではない。黄之鋒自身も、新党を一からつくるつもりで臨むべきだったと振り返った。地域の問題を市民と話す仕事も、これから学ぶ課題だった。[11]

 同年12月、元メンバーらは「教育実験学社」の設立を発表した。中高生や大学などの学生を対象に、学生自身が教育を変える主体となることを目指し、教え方や評価方法、校内の民主的な意思決定などを課題に掲げた。活動として、教科書の外で学ぶワークショップ、聞き取りや政策研究、そして市民への働きかけや政府に改善を求める行動を組み合わせる方針を示した。他団体には従属しないとし、黄子悦らが対外連絡を担った。[12]

 翌年3月には、学校が利用する訓練キャンプでの生徒への対応を問題にし、学校に生徒の声を聞くことや、教育局に外部委託事業の監督を求めた。教育政策を論じるだけでなく、学校生活の中で生徒が直面する問題を、公に訴える活動でもあった。 [13]

 議会へ進んだ香港衆志には、別の問題が生じた。2017年7月、羅冠聰は就任宣誓をめぐる裁判で議員資格を失った。宣誓時の言葉や読み方などから、基本法の擁護と香港特別行政区への忠誠を誓う宣誓として有効かどうかが争われた。周庭はその議席の補欠選挙への出馬を目指したが、2018年1月、選挙主任に立候補資格を認められなかった。選挙の候補資格を審査する選挙主任は、独立を選択肢に含む自決は、香港を中国の一部とする基本法と両立しないと判断した。周庭と香港衆志は政治的立場による排除だと反発した。候補者の政治的主張を、基本法を擁護する意思の有無と結びつけて審査することの是非が争点となった。

 周庭の立候補には他の民主派からも支援があり、資格を認められなかった後の記者会見には複数の民主派の政治家が同席した。路線の違いがあっても、選挙への参加を守る問題では協力が生まれた。香港衆志の経験には、新しい勢力と従来の民主派との対立だけでなく、こうした接点もあった。[14]

 教育実験学社の活動も、生徒の意見を学校や行政に届ける政治参加だった。新しい団体の違いは、政治に関わるかどうかより、教育現場と選挙・議会のどこに力を注ぐかにあった。黄之鋒と周庭は、選挙と議会を通じた活動、そして資格を認められない経験を経て、2019年の抗議に加わることになる。

引用文献

[1] 「學民思潮停運作 籌組新參政團體及學生組織」自由亞洲電台、2016年3月20日。
https://www.rfa.org/cantonese/news/hk-scholarism-03202016095645.html

[2] 許偉恒「打破僵局,香港政治思想的激進化之路(二之二)」聯經思想空間、2021年9月17日(『思想』第43期から転載)。
https://www.linking.vision/archives/5063

[3] 「周庭:非暴力與激進無衝突 組織歡迎任何合作空間」TMHK、2015年4月11日。
https://tmhk.org/2015/04/11/周庭非暴力與激進無衝突-組織歡迎任何合作空間/

[4] 「【學民退潮 1】前言:答案,是否只有一個?」立場新聞、2016年5月6日。
https://collection.news/thestandnews/articles/32294

[5] 「【學民退潮 3】『其實大家都放棄咗個組織』」立場新聞、2016年5月10日。
https://collection.news/thestandnews/articles/32525

[6] 「ジョシュア・ウォン×周庭『香港返還20周年・民主のゆくえ』質疑応答編」PLANETS、2017年11月15日。
https://note.com/wakusei2nd/n/n0d7068d373e2

[7] 『香港特別行政区基本法』第5条。
https://www.basiclaw.gov.hk/tc/basiclaw/chapter1.html

[8] 「【專訪】做議員,周庭可以嗎?」立場新聞、2017年12月7日。
https://collection.news/thestandnews/articles/67877

[9] 「眾志核心成員先後被DQ 羅冠聰2017年失議員資格」東網、2019年10月29日。
https://hk.on.cc/hk/bkn/cnt/news/20191029/bkn-20191029123233898-1029_00822_001.html

[10] 香港立法会『A Companion to the History, Rules and Practices of the Legislative Council』付録3-A。
https://www.legco.gov.hk/general/english/procedur/companion/appendices/appendix_3-a-e.pdf

[11] 「【專訪】黃之鋒:我的成長 就是學習退後」立場新聞、2016年9月26日。
https://collection.news/thestandnews/articles/41446

[12] 「前學民新學生組織成立 專注教育議題 強調獨立運作」立場新聞、2016年12月2日。
https://collection.news/thestandnews/articles/45981

[13] 教育實驗學社「就保良局事件之聲明:終止合作、回應學生、監管外判服務」立場新聞、2017年3月31日。
https://collection.news/thestandnews/articles/53942

[14] 「香港眾志周庭補選提名無效 譴責佔領運動後政治清算」自由亞洲電台、2018年1月27日。
https://www.rfa.org/cantonese/news/htm/hk-dq-01272018100425.html