鄒幸彤 陳情陳述(求刑前・口頭)
2026年8月21日の有罪判決を受け、鄒幸彤氏が求刑手続きの前に法廷で述べた「陳情文」の全訳です。減刑を乞うのではなく、信じるもののために謝罪することは同じ信念を持つすべての人への侮辱だと論じ、「良心を裏切る人間になるくらいなら、犯罪者となる道を選ぶ」と結ぶ、獄中からの決意表明です。
「忘れることを拒み、そして沈黙することを拒む」――獄中の鄒幸彤さんから 六四37周年メッセージ
中国政府がもっとも恐れているのは、人々が忘れることを拒むこと。そして、その恐れにいまや加わったのは、私たち民衆が沈黙することを拒んでいることである。
鄒幸彤 最終弁論(口頭)
自ら弁護に立った鄒幸彤氏は、「一党独裁の終結」は犯罪ではなく法の支配を求める呼びかけであり、本当に裁かれているのは被告人ではなく法そのものだと論じます。支聯会事件における最終弁論の全文を掲載します。
Chow Hang-tung's Closing Submissions (Oral)
Speaking in her own defence, barrister Chow Hang-tung argues that "ending one-party dictatorship" is not a crime but a call for the rule of law — and that what is truly on trial is not the defendant, but the law itself. Her closing submissions in the Hong Kong Alliance case, reproduced in full.
法廷で問われるもの──支聯会裁判と香港の公共空間の行方
2026年1月に開審した支聯会裁判では、「一党独裁の終結」という綱領が顛覆の扇動に当たるかどうかが中心的な争点。判決は香港における言論・集会・追悼の境界線を左右する可能性がある。
ろうそくの火を絶やさない──支聯会が守り続けた六四の記憶
1990年以降、支聯会は毎年の六四記念集会を通じ、天安門の記憶を香港社会の集合的記憶として守り続けた。2019年以後、民主化の方向性をめぐる議論が、香港のアイデンティティー問題と交差するようになっていった。
香港人が動いたとき──1989年、支聯会の誕生と民主化支援の広がり
1989年5月、北京で戒厳令が出される中、香港では支聯会が設立された。香港市民は学生運動への大規模な支持を示し、黄雀行動による活動家脱出の支援まで、香港と北京の運動は具体的なつながりを持っていた。